本と酒があれば、人生何とかやっていける

読んだ本の感想や気付きを中心に、雑感をつらつらと綴っていきます

〈本〉『死に山 世界一不気味な遭難事故 《ディアトロフ峠事件》の真相』

【著者の次回作に期待したい】

久し振りにのめり込んだ

本を読むペースが随分と落ちてしまった。加えて、読了後の感想を書く頻度も低くなってしまった。かつては一日一冊以上を読み、必ず所感に落とし込んでいた。なんとも寂しく感じてはいるものの、本を読み、それを楽しみ、時にはそこから何かを得る、それが本来であるはず。以前の自分は一日一冊以上の読書とそれに伴う所感を綴る「行為」が目的になっていた気がする。それなので、今のスタイルで良いのだと自分を慰めている。慰めている、か...(苦笑)どうやらまだ腹に落ちていないようだ。

 

そのようなことを感じているこの頃だが、今日は久し振りにまとめて本を読む時間が取ることができた。というよりも、読まされることになった。これだけ集中して本を読んだのは久し振りだ。週末に半日でも読書にのめり込む時間が取れるようにしたいものだ。しばらく読書会にも参加できていない。よし、次に参加する時はこの本を紹介しよう。

 

死に山: 世界一不気味な遭難事故《ディアトロフ峠事件》の真相

死に山: 世界一不気味な遭難事故《ディアトロフ峠事件》の真相

 

 

なぜアメリカ人がソ連の謎に挑むのか

1959年、冷戦下のソ連ウラル山脈で起きた遭難事故がある。ディアトロフ峠事件だ。登山チーム9名全員が、凄惨な死に様で発見された。事故の報告書には「未知の不可抗力によって死亡」と書かれているのみ。

 

アメリカ人のドキュメンタリー制作者がこの事件の謎に挑み、謎解きまでを綴ったのがこの『死に山』だ。当時の事件発生に至るまでの状況、そして著者がロシアで調査を進める過程が交互に描かれている。つまり、過去と現在を行ったり来たりしながら事件の真相に迫っていく構成だ。

 

なぜアメリカ人がソ連の謎に挑むのか。これについては、写真家の佐藤健寿が「到達不能、あるいは検索不能の未踏へ」という解説を寄稿している。インターネットという恐怖の大王によって世界の謎の多くは暴かれ、沈黙させられてしまった。しかしながら、世界最大の非英語圏であるかの国は、現在も未知を抱え続けている国だと言うのだ。面白いではないか。

 

リアリティに溢れている

ディアトロフ峠事件の被害者は、ほとんどが20代前半の学生だった。犠牲者たちは、極寒の中にいるような着衣ではなく、全員が靴を履いていなかった。9名のうち3名は骨折などの重傷を負い、舌を失っている者までいた。さらに、衣服の一部から異常な濃度の放射線が検出された。そして、事故の報告書は「未知の不可抗力によって死亡」と伝えるのみだった。

 

この事件には、当時から様々な説が流布されている。雪崩や吹雪、放射線による被曝、脱獄囚による攻撃、衝撃波や爆発によるショック死、UFOや宇宙人による襲撃、凶暴な熊に襲われたなど、挙げればきりがない。当のロシアでこの事件を扱った書籍は無数にあるが、その誰一人として冬の事件現場を訪れずに憶測で語っているそうだ。

 

この『死に山』にのめり込んだのは、憶測で書かれたものではなく、ロシアに保管されている事件簿などの記録、犠牲者たちの日誌や写真、家族などの関係者や捜索に関わった人たちへのインタビュー、そして様々な専門家への聞き取りに加えて、命知らずな著者が自ら事件現場を訪れているからに他ならない。そう、リアリティに溢れているのだ。

 

これ以上の言葉は見当たらない

謎を解く。事件の真相に迫る。そう書いたものの、事件当日に何が起きたのかを知るのは犠牲者たちのみだ。本音を言えば、読み進めるうちに不安になってきた。果たして、どのように落ちをつけるのだろうかと。ここまで引っ張っておいてがっかりさせてくれるなよ。そう思いながら終盤を迎えた。

 

著者が目に通してきた、それに著者の協力者たちの目も曇らせてきた、数多くの憶測。中には憶測ですらなく、もはや妄想に近いものもある。しかしながら、それも事件当時と現在を比べたら仕方のないことなのかもしれない。という感想を抱くのも、著者がきっちりとまとめてくれたからだ。

 

「未知の不可抗力によって死亡」

 

何回か引用してきた言葉だが、著者は最後にこう締めくくっている。自身の辿りついた結論が原因だったのだとすれば、この「未知の不可抗力」という言葉以上に、真相を表現する言葉は見当たらなかっただろう、と。

 

本書の雑感

著者は、自身が出した結論に基づき、最後に犠牲者たちの身に何が起こったのかを描写している。しかしながら、それはおまけみたいなものだ。少なくとも、私にとってはおまけみたいなものだった。

 

本書の読みどころは、これまで憶測で語られてきた可能性を、シャーロック・ホームズの原則に基づき(不可能を消去していけば、どのように突拍子なく見えたとしても、後に残った可能性が真実のはずだ)、著者がひとつひとつ潰していくところだ。

 

それも、著者が自らの足で稼いだ情報に基づき、ひとつひとつの可能性について検証していくからこそ、説得力があり臨場感に溢れているのだ。久し振りに読みごたえのある、のめり込む読書になった。著者の次回作に期待したい。是非、また楽しませて欲しい。