本と酒があれば、人生何とかやっていける

読んだ本の感想や気付きを中心に、雑感をつらつらと綴っていきます

〈本〉『史上最恐の人喰い虎 436人を殺害したベンガルトラと伝説のハンター』

【ハンター自身がことの本質を良く理解していた】

ノンフィクションの醍醐味が味わえる一冊

前回告白した通り、ここ最近は小説しか受け付けない身体になってしまい小説ばかり読み耽っている。しかしながら、そのような身体に関係なく本はやってくる。そして、当然ながら返却期限がやってくる。残念ながら読まずに返す本もあるのだが、この本はぎりぎりで読むことができた。久し振りに読んだノンフィクションだ。

 

史上最恐の人喰い虎 ―436人を殺害したベンガルトラと伝説のハンター―

史上最恐の人喰い虎 ―436人を殺害したベンガルトラと伝説のハンター―

 

 

読まずに返してしまう本については当然分からないのだが、この本は読むことができて良かった。ノンフィクションの醍醐味を味わうことができる一冊だ。

 

気概ではなく恐怖

ネパールとインドで436人もの住民を喰い殺した、"チャンパーワットの虎"と称されるベンガルトラ。436人という数字の信憑性を問う記述もあるが、はっきり言ってそこはどうでも良い。本書の主人公であり当の人喰い虎を始末した(それ以降も多くの人喰い虎を始末することになる)ジム・コーベットは大言壮語するような人物ではないからだ。つまり、436人という数字を信用しても良いということだ。

 

恥ずかしながら、私は住民のために自らの命を投げ出す勇気と気概はない。しかし、本書の読みどころと感じたのはジム・コーベットの気概や良しではなく、人喰い虎に立ち向かうジム・コーベットが恐怖に立ち向かうその描写だ。そりゃあ、恐いわな、当然。本人の回想録からの引用も含めて、ハンターの揺れる心情描写に引き込まれた。

 

虎という個体を知る

そして、世界最恐ハンターの一個体として名を連ねる「虎」自身に関する解説も本書に彩りを添える。彼らの主たる武器は隠密性と驚愕するほどの瞬発力(持久力には欠けるらしい)、そして生得のステルス能力(あの縦縞は動物界で最も効果的なカモフラージュ・セットだと説明されている)で、捕食されるものが僅かな空気の揺らぎを感じた瞬間にあの世へ送ることができる。一方で...

 

普通の虎は狩猟と交尾、そして縄張りから競争を相手を追い払うことにほとんどの時間を費やしており、人間などに感けている暇はないのだ。

 

と言うよりも、そもそも虎は人間を忌避しており、比較的幅広い動植物を常食としている割に「ありがたくも、あからさまに彼らのメニューから欠落している種がある」という表現で、人間を食用の対象としていないことも合わせて説明されている。

 

なにゆえに人を襲うのか

ではなぜ?というところも、本書の読みどころの一つ。そもそも防衛本能以外で人間を襲うことのない虎がなぜ、恐怖の人喰い虎になるのか。このことを、著者はシェイクスピアの戯曲から引用して的確に表現している。誠にもって耳が痛い。

 

どんな猛獣でも、少しは憐れみを知っていよう。ところが、この身はそれを知らぬ。つまり獣ではないということだ

 

何をか言わんや。結局、人間が生み出したものによって人間自身が苦しめられているということなのだ。シェイクスピアの引用が仄めかしていることを次のように表現して、著者は本書を締めくくっている。

 

すなわち、真の意味での猛獣としての行為という点にかけては──無慈悲に、理由もなく殺すということにかけては──より獰猛なのはわれわれの方であって、彼らではない。

 

本書の所感

チャンパーワットの虎以降も数多くの人喰い虎を仕留めてきたジム・コーベット。彼が人生最後の二十年間でインドの野生動物保護、特にベンガルトラの保護に身を捧げたことは、彼自身がことの本質を良く理解していた証に他ならない。

 

インドには彼の名前を冠した「ジム・コーベット(ジム・コルベット)国立公園」がある。いつか行ってみたいものだ。